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東京地方裁判所 平成8年(ワ)1997号 判決

原告

近美幸

被告

倉持忠蔵

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金三〇三一万〇九〇三円及びこれに対する平成五年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び容易に認められる事実

1  原告は、被告倉持忠蔵(被告八幡交通株式会社が雇用するタクシー運転手)が運転する普通乗用自動車(被告八幡交通株式会社が保有するタクシー。以下「被告車」という。)の後部座席に乗客として乗車中、平成五年三月一六日午前〇時三〇分ころ、千葉県船橋市西船五丁目一一番地先路上において、被告倉持忠蔵が運転を誤り道路脇の電柱に被告車を衝突させたため、前額眉毛上眼瞼部挫創、左下腿挫傷の傷害を負った(以下「本件交通事故」という。)。

2(一)  被告倉持忠蔵は、前方注意義務及び安全運転義務を怠り本件交通事故を起こしたから、民法七〇九条に基づき、

(二)  被告八幡交通株式会社は、

(1) 被告車の保有者であるから、自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、

(2) 被告倉持忠蔵の使用者であるから、民法七一五条に基づき、

(3) 原告との間で成立した旅客運送契約による安全輸送義務を怠ったから、商法五九〇条一項に基づき、

本件交通事故により原告に生じた損害を連帯して賠償すべき義務がある。

3  原告は、前額眉毛上眼瞼部挫創、左下腿挫傷の傷害の治療のため、平成五年三月一六日から平成六年七月六日まで(実通院日数一一日)船橋医療センターに通院した。

4  原告の症状は平成六年六月二一日固定したが、原告の前額から右上眼瞼にかけて約一〇センチメートルの白色線状搬痕が残っており、これは自賠責保険により後遺障害等級第七級一二号に該当すると認定された。

5  原告は、既に一〇五九万八〇〇〇円の支払を受けた(甲第六号証記載7及び8の合計額)。

二  争点

1  原告の主張

原告が本件交通事故により受けた損害は次のとおりである。

(一) 眼科診療費 三四八〇円

(二) 文書料 二〇六〇円

(三) 後遺症による逸失利益 二七一二万五三六三円

(1)ア 原告は、現在美容院に雇われている美容師であるが、将来独立して美容院を経営しようとしていたところ、顔面に白線状搬痕が残ったことにより客に悪い印象を与えることになった。そのため、現在客によっては不快感を示す者もおり、また、将来独立して美容院を経営する際の顧客獲得に不利益が生じる。そのことによる後遺障害等級は七級に該当するから、労働能力喪失率は五六パーセントとするのが相当である。

イ そして、症状固定日(平成六年六月二一日。前記一4)の原告の年齢が二九歳であるから、その後三八年間就労可能と考えられ(三八年間のライプニッツ係数は一六・八六八である。)、また、二九歳の年齢別平均給与は一箇月当たり二三万九三〇〇円である。

したがって、原告の後遺症による逸失利益は、次の数式のとおり、二七一二万五三六三円となる。

239,300×12×0.56×16.868=27,125,363

ウ なお、原告は顔面に白線状瘢痕が残ったことにより労働意欲が減退したから、このことからも労働能力が喪失したといえる。

(2)ア また、右眉毛部から前頭部にかけての知覚異常(触れたときにぴりぴりしたり、温度変化の際にかゆみが生じる。)がある。

この知覚異常は、三叉神経の障害によるものと考えられ、将来における回復が望めないものである。

そして、かゆみは、一年中あるためいらいらが高じ、仕事に集中できなくなり、また、仕事を中断してタオル等で傷を冷やさなければならない。

イ そのため、この知覚異常は局部に頑固な神経症状を残すものとして後遺障害等級一二級一二号に該当するから、労働能力喪失率は一四パーセントとするのが相当である。

(3) 仮に後遺症による逸失利益が認められない場合、逸失利益相当額の慰謝料が認められるべきである。

(四) 傷害による慰謝料 一四九万〇〇〇〇円

原告の通院期間は約一年三箇月であるから慰謝料は一四九万円となる。

また、原告は、本件交通事故により労働意欲が減退し、平成五年一〇月その当時勤めていた美容院エルロードを退職し、平成七年一月美容院キャトレに再就職するまでの一四箇月間仕事をしていない。

したがって、右仕事をしていない期間に得ることができた収入は慰謝料として認められるべきである。

(五) 後遺症による慰謝料 八五〇万〇〇〇〇円

後遺障害等級七級に基づく慰謝料である。

(六) 慰謝料の増額分 一〇〇万〇〇〇〇円

本件交通事故は、原告が被告八幡交通株式会社のタクシーに客として乗車中に起きたものであり原告に全く責められるべき点がない。

このような場合、被告八幡交通株式会社の職業倫理ないし営業倫理の観点、及び商法五九〇条の規定の精神に鑑み、原告の慰謝料を増額するのが相当である。

(七) 弁護士費用 二七〇万〇〇〇〇円

2  被告らの主張

(一) 逸失利益

(1) 顔面の白線状瘢痕はそれ自体身体的機能を損なうものではなく、また、美容師は、技術力、接客態度により顧客を獲得するものであって、外貌により顧客を獲得するものではないから、顔面の白線状瘢痕が残ったことにより労働能力の喪失が生じたとはいえない。

そして、右眉毛部から前額・前頭部にかけて知覚の鈍麻は軽微なものであるから、その存在により労働能力の喪失が生じたとはいえない。

(2) 仮に、顔面の白線状瘢痕が残ったことにより労働能力の喪失が生じたとしても、原告主張の労働能力喪失期間及び喪失率は過大であり、また、収入も平均賃金ではなく原告の実収入によるべきである。

(二) 傷害慰謝料

原告がエルロードを退職した理由の一つに顔面の白線状瘢痕が残ったことがあったとしても、本件交通事故と退職との間に相当因果関係はない。

(三) 慰謝料の増額分

(1) 本件交通事故は、被告倉持忠蔵が、乗客である原告を被告車後部座席に乗せ、松戸原木線を本郷町方面から西船六丁目方面へ向けて走行中、緩やかな左カーブとなっている本件交通事故現場付近に差し掛かった際、前方からセンターラインをはみ出して走行して来た対向車を発見し、同車との衝突を避けるため左にハンドルを切ったところ、道路左側にあった電柱に被告車が衝突したというものである。

(2) このように、本件交通事故は、センターラインを越えて走行して来た対向車との正面衝突を避けるためやむを得ない回避動作により生じたものであり、被告倉持忠蔵は、乗客であった原告の身体生命を守るために最大限の努力を尽くしている。

したがって、被告らが、その職業倫理及び営業倫理につきことさらに非難されるべき点がなく、原告の慰謝料の増額分の主張は失当である。

第三当裁判所の判断

一  損害について

1  眼科診療費 三四八〇円

甲第七号証の一・二により認められる。

2  文書料 二〇六〇円

甲第八号証の一・二により認められる。

3  逸失利益 〇円

(一)(1) 原告は、顔面に白色線状瘢痕が残ったことにより、陰にこもってしまい、それがどこか接客の際に現れてしまって新規の客にあまりいい印象を与えなかったこともあったのではないかと思うと供述している(本人調書五項)が、それにより新規の客が減ったとまで認めることはできない。

また、たしかに、原告は、本件交通事故で、落ち込んでしまうなど気持ちが不安定になり、人前で仕事をする自信がなくなったため、平成五年一〇月にそれまで勤めていた美容室エルロードを辞職している(本人調書二項・一八項・一九項)が、労働意欲の減退だけで労働能力が喪失したとまではいえない上に、平成七年一月には美容室キャトレに再就職している(本人調書三項)から労働意欲の減退も永続的なものとまではいえない。

したがって、顔面に白色線状瘢痕が残ったことにより、労働能力が喪失したとまではいえない。

(2) さらに、キャトレでの収入はエルロードでの収入より下がっている(甲第五号証、乙第一号証、本人調書一三項・二三項)が、エルロードでの収入は本件交通事故前と後では差がなかったこと(乙第一号証、本人調書二〇項・二四項・二五項)、キャトレとエルロードとでは時給単価に差があること(これが原告の後遺障害によると認める証拠はない。)、エルロードでは平成四年一二月から平成五年二月まで一月当たり二〇日ないし二二日稼働しているが、キャトレでは週四日から五日の稼働であり(したがって、一月当たり一六日ないし二〇日の稼働となる。)、収入の減少が稼働日数の減少による面もあるとうかがえることからすると、本件交通事故により収入の減少があったともいえない。

(二) また、原告の主張する知覚異常(かゆみ)が認められる(前記第二の二2(三)(2)ア。甲第三号証の一・二、第四号証、本人調書四項)が、この知覚異常は、週に三、四日発生し、一日全くない日があれば日に何度もかゆくなることもあるが、冷やすことで解消するものである(本人調書四項)から、仕事の若干の支障とはなるものの労働能力が喪失したとまではいえない。

また、本件交通事故により収入の減少があったとはいえないことは既に述べた(前記(一)(2))とおりである。

(三) 以上のことからすると、白色線状瘢痕及び知覚異常につき、後遺症による逸失利益は認められない。

4  通院慰謝料 三〇万〇〇〇〇円

原告の通院期間が平成五年三月一六日から平成六年七月六日まで(実通院日数一一日)あることからすると、通院慰謝料は三〇万円とするのが相当である。

なお、仕事をしていない期間に得ることができた収入がそのまま通院慰謝料額となるものではないから、右収入を通院慰謝料額とすべきとの原告の主張(前記第二の二1(四))は失当である。

5  後遺症慰謝料 一〇一〇万〇〇〇〇円

後遺障害の状況(顔面の白色線状瘢痕及び知覚異常)からすると、後遺症慰謝料は一〇一〇万円とするのが相当である。

6  慰謝料の増額分 〇円

本件交通事故の態様は被告らが主張するとおりである(前記第二の二2(三)(1)。甲第一号証の一ないし三)から、慰謝料の増加分の原告主張(前記第二の二1(六))はその前提を欠き失当である。

7  損害合計 〇円

1から5までの合計が一〇四〇万五五四〇円であること、既払金が合計一〇五九万八〇〇〇円あること(前記第二の二5)からすると、損害合計は〇円となる。

二  結論

よって、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 栗原洋三)

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